雨穴(うけつ)の第二長編小説『変な絵』(2022年、双葉社刊)は、前作『変な家』でおなじみのあのキャラクターも再登場する「スケッチ・ミステリー」。一枚の謎めいた絵から始まった調査が、時代をまたいだ連続殺人事件へと発展する構成で、80万部を超えるベストセラーとなりました。伏線がすべて一点に収束する瞬間の衝撃は、読了後もしばらく頭を離れません。
物語の核心:すべての罪は一人の女が犯した
物語全体を貫くのは、今野直美という一人の女性の歪んだ母性です。幼少期に母から虐待を受け、11歳で母を殺害した過去を持つ彼女は、「弱いものを守るためなら他者を傷つけてもいい」という極端な価値観を内面化しています。大人になって美術教師・三浦義春と結婚し、息子・武司を産んだ後も、その歪んだ愛情は加速の一途をたどります。
- 夫・三浦義春が息子を厳しく躾けると知るや、夫を山中で殺害
- 事件の真相に迫った記者・岩田俊介を口封じのために殺害
- 息子・武司が妻ユキに愛情を向けると嫉妬し、ユキを出産時に殺害
- 上記すべての事件を生き延び、孫・優太を育てながら普通の祖母として暮らし続けた
登場人物と関係図
| 人物 | 立場 | 運命 |
|---|---|---|
| 今野直美 | 真犯人。歪んだ母性の持ち主 | 最終章で逮捕 |
| 今野武司(七篠レン) | 直美の息子、ブログ主 | ユキの死の真相に気づき自殺 |
| 亀戸ユキ | 武司の妻 | 直美に殺害される。絵にダイイングメッセージを残す |
| 今野優太 | 武司とユキの息子 | ユキの死後、直美に育てられる |
| 三浦義春 | 直美の最初の夫、美術教師 | 直美に殺害。死に際に息子のためアリバイを偽造 |
| 岩田俊介 | 記者 | 直美の罪に迫るも殺害。山並みの絵を残す |
| 栗原 | 大学生(前作「変な家」にも登場) | ブログ発見から謎解きを主導 |
9枚の絵の意味を完全解説
物語のタイトルにもなっている9枚の絵は、それぞれが独立しているように見えて、すべて事件の「証拠」や「告発」として機能しています。
プロローグ:文鳥を守る樹の絵 11歳の少女A子(=若き直美)が描いた絵。樹が文鳥を守っているように見えるが、枝のトゲトゲが攻撃性を暗示。直美の「守るためなら傷つけてもいい」という人格の原点を象徴する、物語全体の伏線です。
ユキが残した5枚の複合絵 ユキがブログに投稿した5枚の絵は、一見すると「未来の家族の夢」を描いたほのぼのした内容。しかし各絵に番号が振ってあり、その番号順に重ね合わせると全く別の図像が浮かび上がります。老婆(直美)が妊婦(ユキ)に馬乗りになり殺害しようとしている場面——つまり、直美が出産時にユキを殺す計画を察知したユキが、誰にも悟られないよう絵の中に隠した命がけのダイイングメッセージでした。なぜ直接助けを求めなかったのか。直美に監視され、確信も持てず、言葉にすれば「気の狂った嫁」と思われる——孤立した状況の中でユキが選べた唯一の方法が、この暗号絵だったのです。
優太が描いたマンションの絵 幼い優太が保育園で描いた「灰色のマンション」。実はマンションではなく、亡き母ユキのお墓でした。「ママに会いたい」という純粋な気持ちが込められたこの絵が、直美と優太の関係に疑惑の目を向けるきっかけになります。
三浦義春の山並みの絵(1枚目) 山中で殺害された三浦が死の直前に残した絵。警察はこの絵から「描かれた日時に三浦は現場にいた」と判断し、直美のアリバイを成立させてしまいます。しかしこれは三浦が意図的に仕込んだトリック——自分を殺した妻の罪を隠し、幼い息子・武司を一人にしないための、父としての最後の行動でした。
岩田俊介の山並みの絵(2枚目) 三浦の事件を追って真相に迫った記者・岩田が、直美に殺される直前に残した絵。三浦の絵と同じ構図で描くことで「この絵の構図が有利に働く人物こそが犯人だ」というメッセージを後世に伝えようとした、もう一つのダイイングメッセージ。この二枚の山並みの絵が、数十年を経てついに直美の逮捕につながります。
「ユキの罪」という巧妙なミスリード
ブログの最終投稿でレン(武司)が残した「あなたが犯してしまった罪」という一文。多くの読者はこれを「ユキが何か罪を犯した」と読みますが、実はこれはユキに向けた言葉ではなく、母・直美に向けた言葉でした。ユキの絵の意味をついに理解した武司が、母の罪の数々を突きつけるために書いた一文——この読み間違いを誘発する構成こそが、雨穴作品最大の仕掛けの一つです。
時系列で整理する連続殺人の全貌
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1970年代 | 11歳の直美が虐待する母を殺害 |
| 1992年 | 夫・三浦義春を山中で殺害。三浦は死に際に息子のためアリバイを偽造 |
| 1990年代後半 | 真相に迫った記者・岩田を殺害。岩田も山並みの絵を残す |
| 2009年頃 | 武司がユキと結婚 |
| 2010年代初頭 | ユキが直美の計画に気づき5枚の複合絵を作成→出産時に直美に殺害される |
| 数年後 | 武司がユキの絵の意味を解読し直美の罪を知る→自殺 |
| 物語の現在 | 栗原がブログを発見→調査開始→直美逮捕 |
栗原:前作『変な家』とのつながり
大学生の栗原が「七篠レン心の日記」というブログを偶然発見したことで物語全体が動き始めます。この栗原こそ、前作『変な家』で建築士として登場した人物の若き日の姿。「変な絵」が大学時代、「変な家」がその後——という時系列になっており、両作品を通読することで栗原という人物の解像度が一気に上がります。ホラー色が強い「変な家」に対し「変な絵」はミステリー寄りで、読む順番は「変な絵」→「変な家」でも「変な家」→「変な絵」でも、どちらでも楽しめます。
二度読み必至の伏線構造
| 初読時の印象 | 真相が分かってからの意味 |
|---|---|
| ユキのブログの淡白な文体 | 誰かに監視・強制されていた心理状態の表れ |
| 5枚の「未来予想図」の絵 | 直美の殺害計画を告発する命がけの暗号 |
| 優太が描いたマンション | 母の墓を描いた悲しい思慕の絵 |
| 「ユキの罪」という言葉 | ユキへではなく直美への告発 |
| 山並みの絵(三浦・岩田) | 二人の男が命がけで残した犯人告発のメッセージ |
| プロローグの「文鳥と樹」 | 直美の人格の原点を示す全体の伏線 |
一度読んだ後に冒頭へ戻ると、何気ない一文や一枚の絵がすべて別の意味を持って見えてきます。「気づいてしまった後の二度読み」がこの作品の本当の恐怖の始まりです。
よくある質問
Q. 優太はその後どうなった? 物語では明示されていませんが、記者・熊井が栗原との取引を経て優太の面倒を見ることが示唆されています。
Q. 変な絵は実話? フィクションです。ただし作中のブログ「七篠レン心の日記」は実際にネット上に開設されており、小説とリアルの境界線を意図的に曖昧にする雨穴氏独特の演出です。
Q. 雨穴とは何者? 覆面作家・YouTuber。常に白いマスクをつけた姿で活動し、素顔・本名とも非公開。note・YouTubeから始まった「変な家」が映画化・コミカライズされるほどの国民的ヒットになった、現在最注目のホラーミステリー作家です。
あなたはこの作品を読んで、9枚の絵の中で最も衝撃を受けたのはどの絵でしたか?ぜひコメントで教えてください。
この記事で伝えたかったこと
雨穴作品の怖さは、読了後も消えない「じわじわ感」にあります。直美という人物は怪物ではなく、歪んだ愛情を持つ一人の人間として描かれているからこそ、物語が終わっても「こういう人間は現実にいるかもしれない」という余韻が残ります。9枚の絵はそれぞれが告発であり遺言であり、沈黙の中でしか伝えられなかった人々の声——その事実に気づいたとき、この作品は単なるミステリーを超えて、深く心に刻まれる一冊になります。
